昭和46年12月20日 報徳祭
(途中から)ね、おかげを頂いておるとは思わんから、ね、御恩恵に対してもお恵みに対しましても、いわゆる有り難うございましたの一言もでらない。それが信心をさせて頂かなければ、だからそこが分からんということが分かります。
信心をさせて頂くことによってです、ね、それもね、何十年信心しよりますちゅう信心じゃつまらんのですよ。信心の稽古をさせておらなければです、信心をしておっても、おかげをおかげと分からんのです。
信心をさせて頂いて、教えを頂いて、ね、おりますとです、今申します、手がこうやって動いておるという事も目が見えておるという事も、神様のおかげであるという事が分かるのです。
それだけの事だけではありません、自分の周囲に起きて来る、それは困った問題、難儀な問題、又は損になるような問題でもです、ね、神様のお恵みという事が分かります。素晴らしいでしょう。この辺が分かってくる時素晴らしいんです、信心は。
ね、一切全てが神愛だと分かってくるわけなんです。ね、それは苦いことであろうがね、甘いことであろうが、臭いことであろうが、全てが、ね、神様のいわば御働きであり、氏子を幸せにせねばおかんという働き、そういう現われが私共の前に様々な問題となって現れてくる。
ね、信心の稽古をさせて頂いておるとです、ね、信心が段々上達してくるとです、ね、それが皆、いわゆるお恵みとして頂けれるのです。いわゆるおかげをおかげと分かって来るのです。信心の稽古をしよらなければ分からんのです。
私が、えー、今日もここに参拝しておられますが、今は石井香さんといわれる。ね、元は、後藤香さんだもん。久留米に縁について見えられて、んー、一緒になられた。此の方は、もうその先生が、お花の先生ですかね。もう本当にその(さいぶん?)というものを、認められて、天才的なものをもっとる。
あんたいっちょ本気で稽古して、一つ良いお花の先生になりなさいと言われるほどしに、それはまぁ本当にね、もう目を見張るというか、あっというような花を生けておられましたですね、その当時は、今はあんまりせじゃん。あんまりこの頃止めとり…。
もう見た瞬間ですね、もう今まで見たつ、かつて見た事のないものを見たような、はっちいうような花を入れておられました。ね、丁度、お花を習って、まだ間もない頃でした。福岡で、大きなお花の展覧会があります。それで、えー、香さんもそのお花を生けることになりました。
それで一生懸命、女子青年会で一緒に椛目に参ってきとった時代ですから、ね、どういう花を入れたらいいでしょうか、というてお伺いになった。それで私が申しました。ね、いわゆる今日の、さっきじゃない、(?)自然をいかさにゃいけんと思うてですね。
とにかく金で買うた花ではなくて、ね、野山に、山に登って、そしてお花の材料をとっておいで。ね、いわゆる頂いておいで。それでお花を、いわゆるそれに、を出品したらどうだろうかと、私が申しましたから、まぁその通りのことをなさった。
山に登った。ね、木バサミを持って、山に登った、もうそのいっぱいの藪だら、いわゆる藪です、藪の中にたって、さぁどれをお花の材料にさせて頂こうか、どれを切らせて頂こうかと、藪の中に立たせて頂いたら、ね、後藤さんの目に映る、当時の後藤さんね。香さんの目に映る、その一木一草全てがね、もうあれもお花の材料になる、これも生かされる、これもお花の材料になるというものばっかりであった。
ね、ここが、私が今日は申しますね、お花の道というものを稽古しておるから、もうその全てがお花になると、見えてくるわけなんです。信心も段々稽古をさせて頂いておりますとです、ね、もう一切全てが、ね、その全てが神様の御働きであるということが、こりゃどういう働きかとういうと、より私を豊かにして下さろう。より私をきたえて下さろうとする。ね、よりおかげを下さろうとする働きの全てであるということが分かってくるんです。
それこそ、どういう難儀な中にあってもです、それこそ木バサミを持って、藪の中で、あれもお花の材料になる、あれも、あれも生かされると思うたら、もうとにかくこっからね、湧いてくる感動がどうにもしようがなかったというて、その後の出品、そして、入賞、お礼に出て参りました時に、そのことを申しております。
素晴らしいことでしょう。ね、お花の道が段々上達いたしますとです、道を歩きよってもみんなが、お花の材料に見えてくるのです。又事実お花の材料になるのです。
私はもう久留米に縁について見えてから、あー、あちらにお祭りで参りました。応接間に、向かえが酒屋さんですから、酒屋さんの角樽が、を、の鏡をわって、その角樽にね、お花、お花というかね、えー、八手の花入れてあるです、たぶん。
もう八手の葉ばっかり。それがあまりに素晴らしいから、まぁなんという素晴らしいこりゃ香さん花ねって言ったら、先生前の方に大きな邸宅がありましてね、塀の外から、大きな八手がこうやってその、道に出てきておる。それがその、おー、枯れた葉が下へいっぱい落ちておるから、今日お掃除させて頂きよる時に全部ひらいましたと。
もうくらく、腐りさっておるような黒い葉がいれてあります。又丁度、茶褐色ぐらいな、きないぐらいな、ね、そういう茶褐色とか、ん、黒ずんだような、そういう腐ったような色の花がです、それはもう本当にものの見事にね、その角樽の、赤い角樽に、こういれてありました。
もう私はそれを見た時に、なるほど、お花のに、例えば道を極めていくということは、どういう人ならもう捨てるもの、もう廃物になるもの。そげなもんないらんというものが、このように素晴らしく生かされるもんだなぁという事で。
だから後藤さんがね、当時の、石井の家に嫁る時に、ね、家に決まってから、お礼に出てきた時に私はその事を申しました。香さん石井の家に行ったらね、あんたが、あの木バサミを持って、藪の中で立って感動したという、ね、あの感動はあんたの感動ではなくて、天地の親神様が感動なさったんだと。
自分が作った一足一部、もう草も木も、全てだ。枯れ枝も枯れ葉も、生かされるという事を、いわば感じ取った時にです、天地の親神様が感動なさったんだ。その感動が、あなたが(むせん?)で泣いたような感動になってきたのだ。
これを忘れずに、石井の家に行ってどういうことがあっても、それをより生かして行くことが信心だからと、いうて、私は申しました事を覚えております。ね、信心とはね、生かして行く事。過去も現在も。いわゆる過去の全てのことが、又生きてくるのである。
現在の難儀でも、信心でそれを頂く時に、それが力の元になり、徳を受ける元になり、おかげの元になるのです。ね。
だから、信心の道をですね、本気でね、おかげば頂きたいと思うて一生懸命参りよります。なるほどそれでもね、いくら信心なしてやりよるでもです、おかげは頂くて、確かに。ね、けれどもそれはただ、ね、泡のようなおかげです。直ぐ消えてしまうです。
ね、それが親の代よりも子の代、子の代よりも孫代。日勝り月勝り、年勝りというようなおかげのもとにならせて頂くおかげ。今日四神様のみ教えを、ここで教えて下さったが、ね、させて頂くという気になればおかげになるという、そのさせて頂くという事になればおかげになるというおかげはどういうおかげか。
ただ今私が申しました、もう無尽蔵につながる、無限大に繋がるところのおかげを言われるのだ、あると思います。いや、そうだと私は確信します。でなかったら、ね、さっち信心はしよったちゃ、しよる。してやりよるという人でもおかげは頂いておるじゃないか。
ね、病気が治るぐらいな事ならば、金銭のお繰り合わせを頂くぐらいな事ならば、それでもおかげを受けておるではないか。ね、だから、信心をさせて頂くという気になればおあかげになるというおかげは、ね、いわゆる、私が今日、お話を頂き、頂き頂いた。いわゆる自然を生かして行く事なんだ。
ね、人間がつくったのじゃない。いや、自然を生かしてそれを(展?)にした。そういう生き方なんです。ね、それを私共は、知りや知らず、そこんところを、まぁ日々み教えを頂いておるわけであります。ね、だから御事柄として、一切を御の字を付けて頂きなさいよと。
どのような成り行きになってきても、その成り行きに、その、その時点から、ね、おかげの頂いていけれる道が開けるのであるから、その時点を大事にしなければいけませんよと。そこから逃れようとしなさんな。そこを向こうに押しやろうとしなさんなと、言うわけなんです。
ね、今日のみ教えを頂いておって、日頃皆さん頂いておるみ教えが、いよいよね、大変な事だな、大事な事だなという事が私は分かりました。皆さんも、まぁお分かりになったろうとこう思います。
ね、信心はせんでもおかげはやってある。ね、信心をしなければおかげと分からない。いや信心の道を稽古しなければ分からない。段々信心の道を稽古をさせて頂いておったら、あれもおかげであるこれもおかげであると分かるようになる。
ね、花の道を一生懸命に稽古させて頂いて、ね、いわゆる花の開眼が出来ると、ね、香さんではないですけども、それこそ枯れて落ちて捨てなければならない、もうごみ箱行きの一歩手前のものですらが生かされておるです。ね、そして、ほっと息を飲むような素晴らしい花に生けられでられておるです。
信心とは私共がです、困った事だ、難儀な事だといったような事柄を、そのような素晴らしさを持って、生き上げて行く事なんです。信心とは。ね。初めて神様が下さっておるいわゆるおかげ。なるほど手が動いておることもおかげ、目が見えておることもおかげ、ぐらいなことではない。私の上に起きてくる全ての事柄がです、ね、神様の御働きであり、おかげであるという事が分かる。
なるほど信心をし、本気で信心の道を稽古させてもらわなければです、それをおかげとは分かりませんです。おかげをおかげと分かるところから、神恩報謝の生活が出来る。有り難い、勿体無いの生活が出来る。
これはもう実感だ。ね、実感として、おかげで参らせて頂いておるなぁと、おかげで目を覚ませて頂いておるなぁという事が分かるから、ね、目覚ましのおかげを頂いた時に有り難い。ね、お参りをさせて頂いたと思うから、もう誰よりもお参りをさせて頂いたという事が有り難い。
今朝から私はもう、十幾人の方達から、夕べから御用頂いておる方達、今朝から御祈念に参って来た方達から、これはもう、今日はどうして事じゃろうかと思うほど、頂いた事はですね、信心、★あっみ教えを頂いてです、あの感動するというという事を頂いた、第一古谷さんがそのことをお届けされた。熊本の松村さんが、もう涙ながらにそのことをお届けされた。
(?)の先生が昨日から感動のし続けである事を、御結界でお届けしよった。だから私は思うた、信心とは感度の伴わない信心ではもう詰まらんと思う。ね、それがです、ね本当に、もう感動し続けなければ、感動しておる、有り難いと思うておる真に。だからそれが冷たい事であろうが、熱い事であろうが、熱いも寒いも感じんほどしに有り難いのである。
お互い感動の湧くところまで、信心修行をさせて頂きたい。ね、できれば、日々感動の連続であるという、いわゆる有り難い、勿体無いの日々でありたい。そういう願いがです、段々育てられて行くという事が信心の稽古をさせて頂くという事だと私は思うのです。
ね、今日四神様のみ教えを頂いた。これが本気で頂かせてもろうて、ね、果たして自分は、信心はさせて頂いておるのであろうか、いやさせて頂いておるごとあるけれども、本当のおかげを頂いていないのならばです、まだまださせて頂いて、口ではいよるけれども、心の底からさせて頂いておるというものではないという事を分からせてもろうて、それが分かるために、これから稽古をさせてもらいよる。本気で稽古しなきゃいかん。
そのことに取り組んで本気で稽古しなければいけん。稽古させて頂いておるうちにです、ね、あれも花の材料になる、これも花の材料になるというように、ね、あれもこれも一切が私に力を頂いて行こうという、お徳を頂いて行くことのための全てであるという事が分かる。
ね、なるほど、信心はせんでもおかげはやってある。誰の上にでもやってあるのだけれども、信心がないと、それを分かる事が出来ません。いや信心をしておってもいわゆる稽古をしなければです、本気で稽古をしなければ、ここには信心の稽古に来るところと仰る。本気で稽古に通うてこなければ、ね、ただ今申します、大変な素晴らしい、有り難い事が分かりません。
どうでしょう皆さんの周囲、周辺にです、ね、もう本当にあれもおかげ、これもおかげと思うて合掌して受けれれる。元気な心が湧いて来るならばです、もうこれが、私は人間の一番の幸福だと思います。
ね、ですからそういう、例えば幸せ、そういう心のおかげの上にです、これはまた、神様が願わんでも頼まんでも、それこそ無尽蔵に、限りなくおかげをくだし続けてくださる。
私共が願っておるおかげ。ね、お金のない人が、何時までもお金に不自由するはずは絶対にない。ね、不健康の人が何時までも健康、不健康であるはずがない。ね、様々な難儀と感じておるその難儀がです、決して難儀な事ではなくて、ね有り難いものであると頂けた時にです、いわゆる有り難い、勿体無いの中に、感動の、し続けの出来るほどしのおかげを頂きたい。
藪の中になって、木バサミを持って、あれもお花の材料になる、これもお花の材料になると思い分からせて頂いた時にです、もう香さんの心に何処から湧いてくるか分からん感動が湧いておる、その感動は、ね、石井香の感動ではない、天地の親神様の感動であり、お喜びなのである。
その喜びが香さんに照りかえってくるように、私が例えばです、ね、あれも、はーおかげばい。もう大変な事が起こって、おかげ、私はそういう、もう全てのことの中にそれを、神愛を感じおかげと感じておる中にです、ね、香さんじゃないけれども、日々感動の、ね、それこそし続けのようなおかげを頂いておる。ね、ですから、私はおかげを頂いておると思うのでございます。
今日は四神様のみ教え。私も初めて頂いたみ教えでした。させて頂くという気になればということ。あそこまでは聞いておったけれども、商売を、ね、するという気にはおかげにはならん。商売をさせて頂くという、あそこんところは今日初めて頂きました。
ここでは特に商売人の方が多い。ね、商売を本当にさせて頂くという気になれば、もう手形のことなんな心配いらん、赤字になる事も勿論いらない、ほどしのおかげが受けられる今日のみ教えでございましたね。どうも有り難うございました。
梶原 佳行